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『騎士の掟』訳者 大久保ゆうのコーンウォール風景案内

 本書『騎士の掟』(イーサン・ホーク著)は、15世紀のコーンウォールを舞台にした一種の騎士道物語です。英国コーンウォールのことに馴染みのないかたもいらっしゃるかと思いますので、ここではそのコーンウォールの風景を中心にご案内いたしましょう。
15世紀コーンウォール地方の地図

 剣と魔法の世界を描いた小説では、手描きの地図がつきものですので、ここでもまず訳者お手製の地図から始めます。コーンウォールという地域は、イギリスのグレートブリテン島南西端にあります。「訳者あとがき」でも述べましたが、この英国本島を〈背中を見せたウサギ〉のかたちだと捉えると、地図で記したところは左足の付け根あたりでしょうか(ちなみに首都ロンドンはおしりの尻尾)。

 本書で最初に出てくる地図内の地名は、スローターブリッジ。「編者まえがき」で、手紙の筆者トマス・レミュエル・ホークが戦死した場所として触れられています。「訳者あとがき」でもその場所を訪ねたことをお話ししましたが、ちょうどそのときに撮った写真がありますので、ここに掲げます。

コーンウォール地方2

 この草原は、2本の川に挟まれたところにあります。別名〈カムランの丘〉といって、アーサー王伝説における最後の戦闘の地だという触れ込みですが、ここで本当に戦いがあったかどうかは定かではありません。スローターブリッジという地名が、現代英語では〈殺戮の橋〉という意味になることから古戦場だと信じられているようですが、古英語でスローター(slohtre)の意味は〈沼地〉なので、あまり当てにならないという意見もあったりします。

 そのほかこの写真からわかることは、きれいな青空と、なだらかな起伏、そして木々です。ここに山は見えません。日本だと開けたところで周囲を見回すと、すぐに山が見つかるものですが、実はコーンウォール(というよりもコーンウォールを含むイギリス南部のイングランド)には山らしい山がありません。作品中でも言及されるイングランド最高峰のスコーフェルの峰でも、ほんの978メートルです。

 その代わり、コーンウォールの内陸部には丘陵地帯が続いていて、あるところには広い荒野があり、ところどころに森や林もあります。この〈荒野〉がコーンウォール各地の名勝でもあるのですが、日本ではあまりない景色なので、ここでも旅の写真を載せましょう。

コーンウォール地方3

 山もなく、なだらかな傾斜がどこまでも続いているようで、荒れた草地が広がっている。こういう地が本書『騎士の掟』の舞台になっているわけです。物語のなかでは、こうした荒涼とした平原を主人公たちは騎馬で移動しています。イギリスのファンタジーものでは、よく荒野がある種の原風景になっているのも、当地の自然が背景としてあるからです。

コーンウォール地方4


 では森や林のほうはどうか。実際に歩いてみると、欧州大陸内のような鬱蒼とした印象は受けず、空から光も適度に差してくる木漏れ日のきれいな空間が多かったように思います。めぐったのは夏でしたが、風通しもよく涼やかで、探索にもうってつけでした。

 イギリスは妖精の国で、森のなかにはその妖精たちが住んでいると言いますが、この光の入りやすい環境が、そうした夢幻を見せてくれるのかもしれません。

 そしてコーンウォール地域のもうひとつの特徴が、作中にも幾度も出てくる崖です。コーンウォールは幅の狭い半島なので、どこにいてもすぐに海へと出られます。そして北も南も海沿いはほとんどが断崖になっていて、平地からそのまま浜になるところはごく一部しかありません。

コーンウォール地方5

 ここでご覧に入れるのは、〈ケルト海〉の名を持つ北の海です。この岩のごつごつした崖と、その上にむしている草との組み合わせが特徴的で、斜面になって危ないところもあるものの、気をつければおおむね歩けます(もちろん乗馬でもできるでしょう)。この写真中央にある崖の突端部分の岩のところまでは、実際に訳者自身も行くことができました。イギリスのありがたいところは、あちこちに通行可能な自然道〈フットパス〉があって、目印をたどっていけば気軽に散 歩ができる点です。(もちろん安全については自己管理が原則ですが)

コーンウォール地方6

 さらにこちらは南の海。地図中の右下にソルタッシュという町が記載されていますが、その南にあるちいさな半島を、東の対岸から撮ったものです。北のケルト海はリアス式海岸らしいどこか荒々しさのある海ですが、イギリス海峡側の南の海は、同じく絶壁があれども穏やかさをたたえています。最終章で登場する崖は、ホーク家から向かったことを考えると、おそらくはこうした南の海の崖だと思われます。冒険をイメージさせる北の断崖と、瞑想を誘う南の絶壁――ひとつの地方で、海に大きな違いがあるのも面白いところです。

 さてファンタジー慣れしたわたしたち現代の人々には、かつての石造りの城や古民家などは割合想像しやすいものでしょうか。地図内では、戦闘のあった場所として言及されるロストウィジエルに、中世時代の円形の石城があります。次の写真はそのお城そのものではないのですが、また別のケルト地域ウェールズにある英国で現存最古の石造りの城砦です。本作中では、城が登場するのはわずかなシーンだけですが、物語を想像する参考としてご紹介いたします。

コーンウォール地方7

 本稿では、本書『騎士の掟』をお読みになる上で、その世界を思い描く助けになりそうな風景を、写真とともにいくつか解説しました。草原や荒野、森と林、崖に海など、その土地のイメージは、英国を舞台としたりケルトをモチーフにしたりする中世ファンタジーの物語とも密接に結びついています。ぜひこうした情景を想像力豊かにふくらませながら、お話を読み楽しんでください。そしてもし、さらに現地について関心をお持ちになったのであれば、実際に旅してみるのもいかがでしょうか。

(写真撮影:大久保ゆう)

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騎士の掟
騎士の掟

大久保ゆう(おおくぼ・ゆう)

フリーランス翻訳家。幻想・怪奇・探偵・古典ジャンルのオーディオブックや書籍のほか、絵画技法書や映画・アートなど文化史関連書の翻訳も手がけ、芸術総合誌『ユリイカ』(青土社)にも幻想文芸関連の寄稿がある。既刊訳書に、ウィットラッチ『幻獣と動物を描く』三部作(マール社)、オーディオブック『○○分でわかるシェイクスピア』シリーズ、『H・P・ラヴクラフト朗読集』1〜3(パンローリング)など。近刊にル=グウィン『現想と幻実』(青土社、共訳)。


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